旧札幌市西区

http://d.hatena.ne.jp/kei-s/ だったもの

王太郎だけど性別不詳

プロフィールで舞城好きと書いていてどこが好きかを言いたくてたまらなかったのだけど、タイミング良く哲ひとさんが煙か土か食い物 (講談社ノベルス)に言及されていたので乗っかってみます。*1

  • Smoke,Soil or Sacrifices

煙か土か食い物 (講談社ノベルス)舞城王太郎のデビュー作でありメフィスト賞というミステリ界の異端的(?)賞を受けた作品です*2。舞城の作品の特徴と言えばやはりあの人を食ったような文体でしょう。一人称で改行を入れずどんどんと加速するスピード感。

  • でもね?

お手元に実際の本がある人はぱらぱらとページをめくってみて下さい。途中図があったり訳のわからぬ挿絵があっても気にせずに。殆どのページが文字でびっしりと埋められ真っ黒になっているはずです。
しかし!例えばFOURTEENの章の後半。主人公四郎と友人で警察官のマリックの会話場面では珍しく改行が多用され、読む側はスピードダウンさせられます。その何ページか前、一郎との電話では会話文なのに改行がなくどちらの発言なのかもわからなくなっているのに。
一度読んだ人ならこのマリックとの会話の後に何が起こったのか承知ですね?この会話をじっくりと読ませ、このあとの出来事への余韻がたっぷりと残されます。ほとんどあざといと言っていい手法を用いて、読者に訴えかけてくるのです。
そう、舞城王太郎は普通の文も書けるんです!突っ走る文体も天然のものではなく意図して書いているのです(多分)。

  • さらに。

こんなむちゃくちゃな文体で何を書いているかというと、「死」だとか「家族愛」だったするのが面白い。「健全な精神は健全な肉体に宿る」なんてフザケタ言葉がありますが、舞城の作品は「真っ当な精神がマザファッカな文体に宿った」と言えるでしょう(語呂が悪い)。外見は現代的な粗雑さだけれど、主題はいたってシンプルで古典的なものであるのです。現代の作家でこれほど真っ当な主題を書く人は逆に少ないかもしれませんよ。

  • そういえば。

「主題がどうこう言ってるけど、ミステリったらやっぱり謎解きでしょ?」なんて言われるかもしれませんね。この作品で言われるのはミステリ部分の弱さです。実際、読んでいても謎解きらしい謎はほとんど出てきません。
なぜなら、先に四郎が解いちゃうから。
異常に凝ったトリックも天才外科医奈津川四郎がばっさばっさと切り開いてしまうのです。正直自分も読んでいておかしな気分にはなりましたが、SIGHT別冊 「日本一怖いブック・オブ・ザ・イヤー2005」 (別冊SIGHT)高橋源一郎好き好き大好き超愛してる。を批評した中にヒントがありました。曰く、ミステリには「鍵」と「穴」が必要であるが、舞城の作品には「鍵」しかないもの、「穴」しかないものがあると。煙か土か食い物 (講談社ノベルス)は、「鍵」しかないわけですね*3。「ミステリ」と言えないのは当たり前だし、この後の作品が直木賞ではなく芥川賞候補になるのも当然の帰結といえるでしょう。

  • まとめ

舞城作品の一番のおすすめポイントはスピード感でも主題でも欠けたミステリでもなく、「小説の面白さ」を与えてくれることです。スピードに乗って一気読みなんてもったいない!ある程度読んだら頭の中で寝かせて、発酵させて、熟成してから続きを読むべき!「読んでて楽しい」ってすごいことですよ!

  • 長々と

語ってしまいましたが、読んだことが無い人には参考にならない紹介になってしまったかもしれないなぁ。まあ読めってことですよ。
舞城王太郎は語りたくなる作家ですね。覆面作家っていうのも狙ってる感じが透けて見えて素敵。
実はこんな偉そうなこと書いてますが、単行本全部読んだわけじゃないんですよ…そんなに多作な作家ではないので、楽しみは取っておこうと。
こんなこと書くと読みたくなるなぁ。

*1:id:hisyaniti:20050601#p3

*2:あらすじは探してみてください。まとめ下手なので。

*3:逆に熊の場所 (講談社ノベルス)の「ピコーン」は穴しかない。