脱走と追跡のサンバ
脱走と追跡のサンバ (角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20)
- 作者: 筒井康隆
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 1996/12
- メディア: 文庫
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いやはやすごい。何がなにやら分からないけどすごい。当時はSFと呼ばれ今ならミステリだと分類されるだろう、分類不可能なそんな作品。
分からないから導入をしっかり書いてみる。
おれがいるこの世界は、以前いたあの世界とは違う場所であり隔絶された別の時間なのだ。その決定的な違いは3つ。
- 情報による呪縛
- 時間による束縛
- 空間による圧迫
だがこれらを指摘しただけではなんら本質に近づくものではない。もはやいくら考えても問題の解決にはならない。問題の解決とは、この世界とあの世界の相違点を見出すことではなく、おれがこの世界から脱出してあの世界へ戻ることではないか。いくら考えても駄目だとわかった現在、おれには行動しか残されていない。そうだ。行動だ。さっそく行動にとりかかろう。
脱出してやるぞ!
そうしてこの世界から脱出するために走り回る「おれ」と、この世界から「おれ」を脱出させまいとこれまた奔走する「尾行者」を中心に、「おれ」をこの世界へ引きずり込んだ張本人であろう「正子」をめぐるドタバタ追跡劇。
笑いと哲学と物語性を一緒くたにする力量がすごい。
↓は笑いの一部。「おれ」がSF作家になるための自然科学的知識を問うテストの回答。
わかってんだかわかってないんだかわかってるから書けるのですが。これ以外にもお得意の言葉遊びがちりばめられていたり、「尾行者」の強迫神経症のような(?)ひきつった文章が笑わせてくれたり。
「おれ」が脱出を図ってにせもののこの世界の不備として突こうとするのが情報と時間と空間でありこれらの本質を見つけ出そうと奔走するが、このドタバタの内から世界と自己との認識を題材として展開するのが素晴らしい。
いろんな読み方が出来る作品だとおもいます。いろいろと考え、作者の意図を測ろうとして考えるすぎるくらい考えるだろうとおもうです*2。多分考えすぎだけど、それも楽しい。そんな考察をして余りあるほど素晴らしい出来栄え。
最終章の「ドビンチョーレについて」という論文が、当時のSF界におけるニューウェイブという言説へのパロディであるらしいのだが、「ある分野において生まれた前衛的な新たな概念」というもののパロディとして秀逸。SF→インターネット、ドビンチョーレ→Web2.0として読めてしまうのです。ここだけでも読んでほしい。読ませたい。